心酔わせるお酒のおはなし
時のロマン。熟成の魔法。「古酒・熟成酒」 店主・島田洋一

島田洋一 日本酒とは何かと問われたら、私は、「いい酔い方ができるお酒」と答えます。そして、中でもことにいいお酒─酔い心地がよく、酔い醒めのきれいなお酒は、熟成酒・古酒だと思います。
よく、日本酒は「明くる日残る」と言われます。これは、熟成の進んでいないお酒を飲まれているせいだと思います。醸造酒にとって“熟成”というのは魔法のようなもの。熟成が進むとともにアルコールがまろやかになり、身体にも優しく酔い方も穏やかになり、さらに酔い醒めさえも爽やかに変えてしまうのです。
きちんと熟成したお酒は、本当にいい酔い方をします。そして、まったくといっていいほど翌日に残りません。いい酔い方というのは、45度の角度ですうっと酔いが上がって行き、心がフワフワと浮き立ち、隣の人と話したくなるような、気持ちを楽しくさせる酔いです。おもしろいことに、いいお酒は、醒めるのも45度の角度で醒めていき、翌日の目覚めは非常にいいのです。ことに古酒・熟成酒は、体への当たりがやわらかく、古酒となると、体に溶け込むように入って行きます。

 私のいう熟成酒とは、高精白米で造った吟醸酒のように、どちらかといえばアミノ酸の少ない酒で、低温で発酵させたものを、やはり低い温度で寝かせてお酒の味を落ち着かせたもの。古酒は、最初から寝かせることを念頭に個性のある酒を造り、長年置いたもの。例えば、酸もアミノ酸も多い、味に厚みのあるお酒を、暗い蔵の中で常温で5年、10年、20年と寝かせると、底のほうにドロッとした漉せないものが溜まります。そして上のほうは、琥珀色でテリがあって、香りは穏やかで濃醇なものになります。それは歳月からしか生まれないすごい味の厚みです。その喉越しのよさ、おなかの中でのおさまり、酔いの清々しさは、まさに、時が醸すロマンです。

日本酒は、毎年10月〜11月に新酒ができると、前の年に醸造されて夏を越した酒は「冷やおろし」と呼ばれ、それで飲み切るものと思っておられる方が多いようです。しかし、これはとても新しい習慣です。 古くは鎌倉時代の文献に“古酒”の名があり、日本酒が確立したと言われる元禄時代には、3年、5年、9年などと呼んで珍重し、新酒の2〜3倍の値で取引されていたようです。他にも、古い文献には、古酒を愛でる言葉が数多く残されています。
その後、時代の流れとともに、忘れ去られた存在となっていましたが、昭和47年の岐阜市郊外にある白木酒造の取り組みを筆頭に、大手メーカーの酒が市場を独占する中、蔵の個性を打ち出そうと、地方の蔵元で古酒造りを手掛ける動きが出て来ました。今では、多くの蔵元から、さまざまなタイプの古酒が発表され、最近では、雑誌で特集が組まれたり、飲み手の間でも注目を集め始めています。

 老香(ひねか)とも呼ばれる独特の熟成香を放つ古酒は、初めて口にする方には違和感を感じさせるかもしれません。でも歳月のみが与える味、香りの奥行きの深さに、飲むほどに心が清浄され、いつしか感動さえ覚えることでしょう。

島田洋一プロフィール
昭和16年、大阪市生まれ。昭和39年、関西学院大学卒業後、家業の酒販店を継ぐ。昭和56年、日本名門酒会加盟。以降「いい日本酒」に目覚め、全国の酒蔵巡りを開始。各地の銘酒を集める。昭和57年、店の地下にセラーを作り、吟醸酒などの試飲をしていただけるスペースを設置。また、居酒屋を飲み歩き、いいお酒が飲める居酒屋を探索。それをもとに『心酔わせるお酒のある店』のタイトルで、「居酒屋ガイドブック」5冊を出版。酒販業のかたわらさまざまなお酒の会のお世話をしながら、酒のある人生を楽しんでいる。

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